Archive for the ‘焼物’ Category

●姫谷焼

水曜日, 4月 2nd, 2008

伊万里、九谷焼とともに日本の初期色絵磁器として知られる姫谷焼の窯跡は、福山市の中心部から約23㎞北西の標高415㍍ほどの山間部に位置しています。この窯跡は昭和12年5月28日付で、県史跡に指定されており、今までに四回の発掘調査がなされている。製品では、白磁・染付・素焼品が大半をしめ、白磁では中皿、碗、鉢、蓋物など、染付では中皿と大皿、碗、鉢などの器種があり、文様は花鳥山水の描かれたものが多い。中には上絵付を意識したものもあり、紅葉文には伝世品の色絵と照合できるものもあります。

●益子焼

日曜日, 3月 30th, 2008

益子焼の陶土は土質が粗めで薄く挽いたり、細かい細工をするのは得意ではないのです。また、陶土には鉄分が多いので褐色に発色する傾向にあります。
土の性質が作陶に大きく関わっています。
造形的には素朴で厚手なものが多く、糠白のような不透明な白釉を用いて白化粧しその上に絵付けしたり、全体に柿釉や黒釉、青磁釉を掛けるなどの手法が行われました。
伝統を受け継ぐ一方で、それにとらわれないものなど様々です。

●京焼

木曜日, 3月 27th, 2008

17世紀の江戸初期の頃、野々村仁清(ののむらにんせい)が東山区の清水周辺で、「古清水」と呼ばれる優雅で華麗な色絵陶器を完成させました。その後も、仁清の技術を学んだ尾形乾山(おがたけんざん)は兄の尾形光琳とともに、独自の雅陶を創作、食器の製作もあわせて行い、陶器の大衆化を進めました。18世紀江戸末期には、京焼初の磁器が完成され、中国風磁器へと主流が移ります。奥田頴川(おくだえいせん)は、明の磁器を手本として独自の古染付、赤絵など本格的な磁器を完成しました。その門下生から青木木米(あおきもくべい)など純日本風を目ざす立役者を輩出し、今日の京焼・清水焼の基礎を確立しました。